海を見に来たのに、山に恋をした。~稲取の秋、もうひとつの絶景~
「いやぁ……いいですねぇ、この景色」
フロントに立ち寄られたお客様が、窓の向こうに広がる海を眺めながら、ぽつりとおっしゃいました。
「東京にいるとね、毎日聞こえるのは車の音と電車の音ばっかりで。ここは波の音まで聞こえるんですね」
「はい。朝も夜も、波の音が聞こえるんですよ」
「いいなぁ。何もしないで、ずっと海を眺めていたくなりますね」
そうおっしゃって、しばらく海を眺めていらっしゃいました。
そして、ふと思い出したように、
「そういえば、この辺りで、もう少し高いところから景色を楽しめる場所ってありますか? せっかく伊豆まで来たから、山の空気も吸ってみたくて」
おっ!
それなら、ちょうど今の季節にぴったりの場所があります。
「お客様、こんな景色はいかがでしょうか?」

スタッフがスマートフォンを取り出し、一枚の写真をお見せしました。
「……えっ?」
お客様の指が、画面の上で止まりました。
「ちょっと待ってください。これ、どこですか?」
「稲取細野高原という場所なんです」
「えっ、稲取!? この近くにこんな場所があるんですか?」
「そうなんです。秋になると、広い高原が一面すすきに包まれるんですよ」
「へぇぇ……!」
写真を拡大して、また縮小して。
もう一度拡大して。
……お客様、なかなかスマートフォンを返してくださいません(笑)
「これ、すごいですね。すすきの向こうに海が見えるんだ」
そうなんです!
稲取細野高原の魅力は、ただすすきがきれいなだけではありません。
約125ヘクタールという広大な高原に、秋になるとすすきが一面に広がります。
風が吹くたび、穂がサラサラと揺れて、太陽の光を受けると銀色に、夕方には黄金色に。
そして、その向こうには青い海と伊豆諸島。
山にいるのに、海も楽しめる。
なんとも贅沢な場所なんです。
「いやぁ、写真だけでも気持ちよさそうだなぁ」
「実際に行くと、もっと広く感じますよ。風も気持ちいいですし」
「ここは遠いんですか?」
「稲取の町からお車で15分ほどです」
「15分!?」
お客様、急に真剣なお顔に。
「実は明日、帰りに買い物でもして帰ろうと思っていたんですけどね……」
少し考えてから、
「……買い物は、また今度でいいか(笑)」
そして、にっこり。
「よし! 明日は、すすきを見に行こう!」
予定変更、決定です(笑)
「ぜひ楽しんできてくださいね! 高原は風が強いこともありますので、羽織るものがあると安心ですよ」
「分かりました。じゃあ明日は、海じゃなくて山に会いに行ってきます!」
そう言って、お客様は楽しそうにお部屋へ戻られました。
翌日。
お昼頃、フロントで仕事をしていると……
「あっ! 昨日のお姉さん!」
振り返ると、昨日のお客様が立っていらっしゃいました。
しかも、昨日よりずっと嬉しそうなお顔で。
「お帰りなさいませ! 細野高原はいかがでしたか?」
すると、お客様は大きく息を吸って、
「いやぁぁぁ……すごかった!!」
思わずスタッフも笑ってしまいました。
「そんなに良かったですか?」
「良かったなんてもんじゃないですよ!」
「写真で見たときもきれいだと思ったけど、実際に行ったら全然違うんですね」
「風が吹くとね、すすきが一斉にサァァァッと揺れるんですよ」
お客様は両手を広げて、すすきの動きを再現してくださいました。
「こう、ずーっと向こうまで波が広がっていくみたいで!」
「昨日は海の波を見ていたのに、今日は山の上ですすきの波を見てきましたよ(笑)」
……なんて素敵な表現でしょう。
そして、お客様は嬉しそうにスマートフォンを取り出されました。
「ちょっと、これ見てください!」

「これ、私が撮ったんです」
「わぁ! すごくきれいですね!」
「でしょう? 私、写真はあまり上手じゃないんですけどね」
「でも、ここはどこを撮ってもきれいで。気がついたら何十枚も撮ってました(笑)」
そして、もう一枚。

「実は、この写真が一番好きなんです」
画面には、秋の光を浴びたすすきと、その向こうに広がる青い海。
「昨日、いなとり荘で海を眺めていたでしょう?」
「はい」
「今日、山の上から同じ海を見たらね、なんだか不思議な気持ちになったんですよ」
「海から見る景色と、山から見る景色。全然違うのに、どっちも同じ稲取なんですよね」
「なんだか、一回の旅行で二回旅をしたような気分です」
その言葉に、スタッフも思わず笑顔になりました。
しばらく写真を見せてくださったあと、お客様がふと、こんなことをおっしゃいました。
「実は今回ね、ちょっと疲れていたんです」
「毎日忙しくて、仕事のことばかり考えていて。だから、温泉に入って、海を見て、何もしないで帰ろうと思っていたんですよ」
「でもね、今日あの高原に立って、風の音を聞いていたら……」
少し間を置いて、
「なんだか、頭の中がすーっと軽くなった気がしたんです」
そして、にっこり。
「昨日、聞いてみてよかった。本当にありがとう」
……こちらこそ、ありがとうございます。
私たちは普段、稲取の海も山も、身近な景色として見ています。
でも、お客様にとっては、その一つひとつが新しい発見であり、旅の大切な思い出になるんですよね。
昨日スタッフがお見せした一枚の写真が、今日はお客様ご自身の何十枚もの写真になって帰ってきた。
そして、その写真と一緒に、こんなにも嬉しいお言葉までいただける。
旅館で働いていて、こんなに幸せなことはありません。
さて、そんな稲取細野高原では、今年も**「秋のすすき観賞会」**が開催されます!
2026年の開催期間は、10月30日(金)~11月29日(日)。
秋の風に揺れるすすきと、広大な高原から望む海の絶景を楽しめる、この季節ならではのイベントです。
お出かけの際は、歩きやすい靴と、少し暖かい上着をお忘れなく。
開催時間や入山料金、当日の開催状況など、詳しい情報は公式案内をご確認ください。


いなとり荘にお越しになるお客様の多くは、海を楽しみにしてくださっています。
もちろん、目の前に広がる海は、私たちの自慢です。
でも、稲取の魅力は海だけではありません。
少し足を延ばせば、そこには、風の音まで美しい秋の高原が待っています。
海を眺めて、温泉に浸かって、おいしいものを食べて。
翌日は、黄金色のすすきに包まれながら、山の上からもう一度海を眺めてみる。
そんな秋の過ごし方も、素敵だと思いませんか?
そして、もし旅の途中で、
「この辺りに、どこかおすすめの場所はありますか?」
と思われたら、どうぞお気軽にスタッフへお声がけください。
私たちの何気ないひと言が、皆さまの旅に小さな彩りを添えられたら、とても嬉しいです。
そして、素敵な写真が撮れたら、ぜひ見せてくださいね。
皆さまの「行ってきました!」という笑顔が、私たちにとって何より嬉しいお土産です。
今年の秋も、いなとり荘で皆さまにお会いできる日を、心より楽しみにしております。
いなとり荘 タンタンでした

